「麦わら帽子って、意外と凶暴性があるよなぁと……」
「ゼンさんが何を言っているのか、よく分からないのだけれど、麦わら帽子に淡い恋の記憶でもあった? やっぱりあの帽子だとアロハシャツだよね。ハワイも良かったけれど、バリ島も良かったなぁ。一日だけの淡い恋とか」
「黙れ、無駄遣いの富裕層が」

 ゼンさんは、忌々しげに言葉を切った。彼は国内旅行すらしたことがない。せいぜい節約ドライブか、たまに奮発して美味しい料理を食べることが、もっぱらの贅沢だった。
 
 その時、突然車の進行方向が変わって、ゼンさんは「うおっ」と扉側に身を寄せた。その振動でミトさんが起き、カワさんが「うわっ」と声を上げる。

 車は道をそれたかと思うと国道から外れ、少ない車の流れに乗って下り出した。

「おいおいおい、どこへ行くんだよ」
「ちらっとだけ向日葵畑が見えた気がした。ちょっとそっちに寄ってみよう」
「回り道して大丈夫なのか?」

 バックミラー越しに、ゼンさんは息子のマサヨシと目を合わせた。数秒の沈黙を置いて、マサヨシがわずかに肩をすくめる仕草をした。