ゼンさんは、すうっと目を凝らすと、「ああ」と喉から声を絞り出した。
 
 マサヨシは唇を一文字に締めて、つかつかと足早にやってきた。光沢かかった革靴がひとたび館内に響くと、中にいた職員や来客たちの視線が自然とそちらを向いた。

 すらりとした長身に、数本の白髪しかない癖のある黒い短髪。少しばかり余分な肉が少々ついてはいるが、鍛えられた筋肉がその身を引き締めているようだった。凛々しく揃えられた眉の下には、彫りの深い双眼がある。

「迎えに来ました」

 同じ背丈のゼンさんと向きあい、マサヨシは社会人がすっかり身に沁みた礼儀台詞を口にし、けれど仏頂面で不服そうな口調でそう告げた。

 ゼンさんは、受け付けの壁に掛かっている時計をチラリと見上げた。彼と同じ怪訝面にある眉間の皺を深くする。

「十五分前行動か」
「社会人の心掛けだ、基本的なことだよ。部下にそれを教えているのに、上司がやらないんじゃ示しがつかない」

 マサヨシはそう言い、ふいっと視線をそらした。そのまま受付けに向かうと、最後の外出手続きを始める。