そのロケットペンダントは、妻との結婚生活が終わりを告げた時に、彼の手元に残った唯一の思い出の品だった。今日、断ちきる想いと共に息子に渡すつもりでいる。ゼンさんは、背筋をピンと伸ばした。

 ゆっくりとした足取りで一階へ降りると、身分証が入ったカードケース、飲み物、麦わら帽子が看護師たちから手渡された。フロアには入園者と来客者がまばらにおり、入口となっている正面ガラスからは、贅沢なほどの太陽の光がこぼれていた。

「いい天気だね」
「ああ、いい天気だ」

 カワさんが言い、ゼンさんも相槌を打った。

 ポケットに両手を突っ込んだまま、ゼンさんが立ち尽くしてしばらくすると、正面入り口に、光沢を持った黒色のボックス乗用車が停まった。日差しを反射する滑らかな塗装が高級感を引き出し、車体の隅々まで磨かれたそれは新車に見える。車高があり、幅も広い。
 
 それを見たカワさんが、落ち着きなくおどおどとした。車から降りてきたダークスーツにネクタイ無しの白シャツ姿の男を見て、「ゼンさんの息子さん?」と控えめに尋ねる。