「ふん、松葉杖だって? くそくらえ、だ」

 ゼンさんは顔をオカメ看護師の方へ向けると、薄い唇の端をくいっと引き上げてそう言ってやった。彼女は仁王立ちに腕を組み、唇を歪めて挑戦的な笑みで応えてそのまま踵を返す。

 二人は、お互い背を向けて離れた。

          ◆◆◆

 外出が出来る日は、その翌日にあたり前のようにやってきた。
 雲一つない明朝が世界を出迎え、生温いそよ風ばかりがそこにはあった。窓を開けると室内の冷気が逃げ出し、蒸し暑さに汗をかいてしまうほどである。

 愛之丘老人施設の朝は、いつものように始まった。ゼンさんたち三人の外出について、関心を寄せてくるような入園者はいなかった。

 ゼンさんは、自分が外に一時的でも出られるという嬉しさは、それほど覚えていなかった。これまで感じていた施設に対する嫌悪感は薄らいでいて、彼はただ、今日ミトさんが向日葵を見に外出できる喜びを抱えて、朝食の席についた。

 対するカワさんは、笑顔が絶えない様子だった。薄味のドレッシングのグラムは変わらないのに、量だけが二倍になったサラダにも文句一つ言わなかった。ゼンさんがフルーツをお裾分けすると、「ありがとう」と爽やかににっこりとした。ふっくらとした頬が盛り上がり、やはり全体的に更に若返った印象を与える。