「そういえば、本はどうでした? 猫の児童文学もの、結構楽しかったんじゃありません?」

 オカメ看護師の仏頂面には悪意がない。腕を組み、じっとゼンさんを見つめている。
 ゼンさんは舌打ちすると、「足が痛いから車椅子に戻る」と言い訳してそっぽを向いて歩き出した。後ろからカワさんが慌てて彼を追うと、オカメ看護師もせっかちな様子で歩みを合わせてついてきた。

「近くに見当たらないと思ったら、車椅子を食堂に放置してこちらに来たんですか? 見過ごせないですわ」
「見過ごせ、目に留めるな、無視しろ」

 ゼンさんは目も合わさず、間髪入れずそう告げた。

 するとオカメ看護師は、隣のカワさんをジロリと見やった。

「関節痛がひどいのなら、無理にせかせかと歩かないで下さい」
「あ、すみません。ゼンさんにつられて、つい……」
「気を付けてくださいね、カワゾエさん。――あ、これ何に見えます?」

 食堂に入り、車椅子まであと三メートルの距離で問われて、ゼンさんとカワさんは立ち止まってほぼ同時に振り返った。