「古本屋から買い集めてくれていましてね。古い作品なのですけれど、良作が多いの。ただ、字がすごく小さなものもあるから、それだけが少し不便かしら」

 あの時、ミトさんは、先月替えたもので八個目の老眼鏡だったと口にして、「歳を取るっていやねぇ」と楽しげに笑った。ゼンさんとカワさんは、そんなミトさんの姿を目に留めて互いの顔を盗み見たものだ。

 今でもそうなのだが、二人ともこれまでミトさんの『老化に伴う病』の兆候は老眼の他は見たことがなかった。入園して三カ月一緒に過ごしてきたが、彼女はヒステリックに泣き叫ぶこともなければ、読み書きも記憶力も確かであった。


 カワさんの隣にミトさんが車椅子を移動させてあとも、食堂にやってくる老人たちと誘導する職員たちの騒がしさは続いた。既に席は、二十一人の入園者で埋まっている。

 給料が高額な割りには多くの職員が務める愛之丘老人施設に、ゼンさんは疑問を覚えていた。食堂には、カウンターの向こうのキッチン内に五人、フロアに九人の看護師たちがいたが、暇を持て余したように壁にもたれかかってお喋りをしている者の姿も目立った。