少し歩いた頃には、驚きも『涼しくて心地がいい』という感想が上回っていた。こんなにも警戒しない魚というのも珍しい。一匹の太った魚が目の前に来た時、そろりと指を向けてつついてみた。

「うわっ、鱗があると思ったらめちゃくちゃ柔らか――」

 子猫の腹をつついたみたいな感触だ。
 そう感じた時、そのデブ魚が大きく膨れて睨みつけてきた。その膨らんだ顔が、なんだか愛らしい蛙みたいにも思えて面白かった。

「ごめん、もうしないよ」

 言葉が通じるはずもないのに、気付いたらそう詫びていた。そうしたら、魚が元の体積に戻って再びゆっくり宙を泳ぎ始める様子を、日野宮は不思議に思って眺めながら足を進めた。

 しばらく歩くと、小さな一軒の店が見えてきた。

 それは、赤い二つの提灯が掛かった古風の店だった。美味しそうな料理の匂いが漂ってきて、夕飯もまだだった胃が空腹を訴えてぐぅっと鳴ってしまった。

 日野宮は、宙を泳ぐ魚達がいる店前の道で立ち止まった。少し斜めにずれた看板を見上げてみると、そこには『海中通り店』と書かれていた。