「驚きが浅い、もうちょっと他の反応の仕方はなかったのかよ?」
「なんか顔付きとか、普段見るカラスより強そうな感じが『鴉丸さんっぽい』」

 思ったことを伝えたら、彼が「ふうん?」と言ってニヤリとした。バサリと大きな翼を広げると、目の高さまで飛んできた。

「俺、お前のこと気に入ったぜ。また店に来いよ。俺は常連客だからいつでもいる」
「うん、きっといつか行くよ」

 行き方なんて分からないよ、とは答えなかった。満足げに一声鳴いた鴉丸が、あっという間に空を飛んでいくのを見送った。

 魚が宙を泳いでいる通りがあって、喋るカラスと言葉を交わしたなんて、まるで夢みたいな時間だ。日野宮は、美味な酒の甘い香りを覚えながら、気持ちがいいまま背伸びをした。

 明日になったら、忘れてしまっていたりしないだろうか。

 そんな物語の寂しいオチを思って、微笑む口の中に「――俺は覚えていたいなぁ」と酔い心地みたいに呟いた。それから、自分の住んでいるアパートへと向かって歩き出したのだった。


                     了