ちらりとカウンターの上にあるメニューを見やった。何を食べようが悩んですぐ、ふと、『母の味』と書かれているメニュー名が目に留まった。それには料理の種類や説明は載っていない。
「あの、質問してもいいですか……?」
「はい、なんでしょう?」
戸惑いがちに小さく挙手した日野宮は、訊き返してきたオウミにこう続けた。
「――『母の味』って、どんな料理なんですか?」
すると、普通の人間に見える店主の彼が微笑んだ。目元をふんわりと優しく細めると、女のように細くキレイな白い手を上げて説明する。
「『母の味』は、『母の味』ですよ。記憶に残っている母の手作り料理の中から、一品を私が作ります」
「そんなこと、出来るんですか?」
「はい。記憶を調味料にしますから、出来ますよ」
そんな味付け方法なんて聞いたことがない。よく分からないなと思いながら、日野宮は再びそのメニュー名へちらりと目を向けた。
大学を卒業して以来、忙しい毎日で実家には帰っていなかった。時々、海の匂いがする故郷を思い返しては、とても恋寂しい気持ちになる時もあった。母がよく作っていたベーコンの入った野菜炒めと、薄いけれど甘みのある味噌汁の味だって今でも覚えている。
「……じゃあ、『母の味』をお願いします」
「はい」
そう答えたオウミが、そっと手を伸ばして日野宮の頭に触れた。そして、ぱっと何かを掴んだように手を握ると、足早にカウンターの奥へと消えていってしまった。
「あの、質問してもいいですか……?」
「はい、なんでしょう?」
戸惑いがちに小さく挙手した日野宮は、訊き返してきたオウミにこう続けた。
「――『母の味』って、どんな料理なんですか?」
すると、普通の人間に見える店主の彼が微笑んだ。目元をふんわりと優しく細めると、女のように細くキレイな白い手を上げて説明する。
「『母の味』は、『母の味』ですよ。記憶に残っている母の手作り料理の中から、一品を私が作ります」
「そんなこと、出来るんですか?」
「はい。記憶を調味料にしますから、出来ますよ」
そんな味付け方法なんて聞いたことがない。よく分からないなと思いながら、日野宮は再びそのメニュー名へちらりと目を向けた。
大学を卒業して以来、忙しい毎日で実家には帰っていなかった。時々、海の匂いがする故郷を思い返しては、とても恋寂しい気持ちになる時もあった。母がよく作っていたベーコンの入った野菜炒めと、薄いけれど甘みのある味噌汁の味だって今でも覚えている。
「……じゃあ、『母の味』をお願いします」
「はい」
そう答えたオウミが、そっと手を伸ばして日野宮の頭に触れた。そして、ぱっと何かを掴んだように手を握ると、足早にカウンターの奥へと消えていってしまった。