山から降りる初夏の夕風が、ラビとノエルを柔らかく包んだ。小さな家は何度も修理の手を加えていたから、壁のペンキも真新しい。
それでも、昔、釘を打ちつけられた場所は穴が空いたままで、人里から切り離された建物が寂しく佇む光景を、ラビは遠くを見るような目で眺めた。ここで過ごした多くの歳月が、胸の奥で重く渦を巻いて黙り込んでしまう。
両親を失ってからは、ここに居る理由もなくなってしまっていた。
あの頃の懐かしい匂いも、暖かさも、全て嘘のように思えてしまう事があり、ふとした一瞬「ああ、辛いな」と感じる鈍い胸の痛みが、喉に引っ掛かった小骨のように離れないでいるのだ。
何がどう辛いのか、耐えるうちに分からなくなっていた。ただ、それを感じる時には、いつも呼吸が苦しくなって、息のし辛さを覚えるたび、この土地が自分に合わないような錯覚に陥る。
動き出せないラビの隣で、ノエルが先に数歩進んで、足を止めて振り返った。
『ラビィ』
ひどく柔らかい声色で、ノエルは大事そうに名を呼んだ。彼は肩越しにラビを振り返ると、私情の読めない美しい金緑の瞳を向けて言葉を続けた。
それでも、昔、釘を打ちつけられた場所は穴が空いたままで、人里から切り離された建物が寂しく佇む光景を、ラビは遠くを見るような目で眺めた。ここで過ごした多くの歳月が、胸の奥で重く渦を巻いて黙り込んでしまう。
両親を失ってからは、ここに居る理由もなくなってしまっていた。
あの頃の懐かしい匂いも、暖かさも、全て嘘のように思えてしまう事があり、ふとした一瞬「ああ、辛いな」と感じる鈍い胸の痛みが、喉に引っ掛かった小骨のように離れないでいるのだ。
何がどう辛いのか、耐えるうちに分からなくなっていた。ただ、それを感じる時には、いつも呼吸が苦しくなって、息のし辛さを覚えるたび、この土地が自分に合わないような錯覚に陥る。
動き出せないラビの隣で、ノエルが先に数歩進んで、足を止めて振り返った。
『ラビィ』
ひどく柔らかい声色で、ノエルは大事そうに名を呼んだ。彼は肩越しにラビを振り返ると、私情の読めない美しい金緑の瞳を向けて言葉を続けた。