「大丈夫、という顔には見えないのですけれどねぇ。一人で歩かれていては、すっかり迷子になってしまいますよ」

 そう言って、やけに形の良い薄い唇が微笑した。

 エルが更に一歩後退すると、男が咄嗟にエルの手首を掴んだ。エルは思わず甲高い短い悲鳴を上げかけたが、強く引き寄せられ、あっという間に口を素早く塞がれてしまった。

「大丈夫、大丈夫、どうか逃げないでください。怖がらせてしまったのなら謝ります。今、来た道を戻るのは危険ですよ。歪みが発生していますから、本当に『永遠の迷子』になってしまいます」
「……?」

 エルは、混乱しつつそろりと男を見上げた。一瞬強い力で引っ張られたものの、掴まれた手首の力は既に緩んでいた。

 口許を塞ぐ大きな手は、手袋越しにも関わらず冷たかった。

 男が掴んだ腕を更に引いて、顔を寄せてエルの眼前で唄うように囁いた。男の囁き声は辺りの賑やかな音に紛れてしまったが、エルは、彼が発しようとした言葉を、間近に見た彼の唇の形から理解してしまった。