この老年は、バッグの旅が慣れた事もあって、ちょっとの振動でも起きない事がある。起こすのも気が引けたので、エルは、嫌な鼓動を続ける胸を、自分一人で落ち着ける努力をした。

 暫くじっと座っていたが、胸の鼓動は相変わらず早いままだった。トクトクトク、と小さな不安が胸の奥で脈打っている気がする。

 怖い事なんか何もない。自分を守れる武器は持っている。冷静になる事が必要だ、そう何度も自分に言い聞かせた。

 呼吸の乱れが収まってすぐ、エルは重い腰を持ち上げて、人形や人で混雑するメイン通りを覗いてみた。

 特に異変はいようだった。派手な衣装を身にまとった仮装人が、人混みに多く紛れていて色鮮やかだ。ふと上り坂の途中に目を向けたエルは、そこにログとスウェン、セイジの姿を見付けた。

「なんだ。やっぱり目立つんじゃん」

 エルは知らず胸を撫で下ろし、三人と合流しようと通りを抜けた。

 その直後、不意に目の前が真っ暗になり、エルは驚いて足を止めた。そろりと顔を上げると、全身を黒いマントで覆い隠した仮面の男が立っていた。仮面は、口許だけが覗く西洋の舞踏会を思わせるもので、男はやけに整った口許をしている。