所長の言葉に引き出されるような記憶の一部が脳裏を過ぎったが、それは、すぐに彼の頭を離れていってしまった。研究が凍結され、別の仕事で慌ただしい現実にのまれていた間に、何か、すっかり忘れてしまっている事があるはずだ。

 なんだったろうか。確か夢に関わる、何か妙な経験をした事があるような気がするぞ?

 いつか所長に話してみようかと、心にしまっていた事だったように思う。ハイソンは、どうにか頭を捻ってみたが、内容を思い出せなかった。あの頃はいろいろと慌ただしかったし、十年以上も前の事だ。

「いかん、いかんな。そんな事を思い出している暇はないというのに」

 ハイソンは、自分の集中力が低下してしまっている事を自覚した。まるで、頭の中心が痺れているように考えがまとまらない。

 珈琲のおかわりが必要かもしれないと、彼は空になった珈琲カップを手に取った。まだ外は明るく、所長も不在の今、当時の研究を一番知っているのは自分だからこそ頑張らなくてはならないのだと、自身に言い聞かせた。