スウェンには不敵な笑みを見せていたホテルマンが、エルに関しては口を重くし、人間じみた辛さや苦しさを滲ませていた。恐らく、救えるのは本当に難しい確率だったのだろう。

 タイミングが大事なのだと、ホテルマンは常に口にしていた。

 それでも諦めきれなくて、ホテルマンなりに冷静な表情の下で、足掻いて抗おうと必死になって動いていたのかもしれない。現実世界と仮想空間内を行き来し、用意を整え、『宿主』であるエルを大事に守って、大切だからこそ、最後はスウェン達に託そうとした。

 ああ、なんて不器用で、つれないやつなんだろう。

 スウェンは、絡め合った指先を解いた。エルと出会った時、彼女と話していたホテルマンは、とても楽しそうだった。まるで、初めて言葉を交わせたと喜ぶような印象を覚えてもいた。

 闇を統べるモノだと自己紹介したぐらいだから、彼が死ぬ事はないだろうが、辛そうな様子を思い返す限りでは、エルを『宿主』とし続けられないような方法を取ったに違いない。

 そう思案していたスウェンは、セイジが「そうだったのか」と答える声を聞いて、我に返った。

「私としても、エル君と彼の間には、何かあるんだろうとは思っていたが……。エル君は、無事だろうか?」
「――無事じゃなかったら、僕はあいつを許さないよ」

 感傷なんてらしくない。スウェンは組んだ足に腕を乗せると、頬杖を付いた仏頂面で、ハイソンの丸い背中を見つめた。

 パソコンの前で忙しくキーボードを打っていたハイソンが、殺気を帯びたスウェンの気配と言葉を敏感に察知し、条件反射のように振り返った。

「あの、『許さない』と聞こえた気がしたんですが、何か気に障る事でも……?」
「ああ、君じゃないから安心して」
「はぁ、そうですか……」

 ハイソンは、鼻頭の油で滑り落ちた眼鏡を短い中指で押し上げると、再びモニターへと向き直った。クロシマが、専用のマグカップを両手に戻って来て、通りすがりにハイソンの丸い猫背に声を掛け、古い珈琲と入れ替えた。