「……そうか、エリスの眠りのそばで、俺の肉体は次第に消えてなくなってしまうんだね。でも俺は、それでもいいよ。お姉さんが寂しくないように、今度こそ一緒にいてあげられるから」

 こちらの世界での死は、苦しみはないと『理』は約束していた。だから、何も怖い事はない。

 そう自分に言い聞かせるけれど、エルの瞳は不安げに揺れた。一人は、こんなにも心細い。彼女は思わず、ホテルマンを見上げた。

「俺が消えてしまうまで、貴方も傍にいてくれる……?」
「――貴女様が望むのであれば、『理』に許される限りまでお供致します」

 普段の胡散臭い表情はどこへ行ったのか。ホテルマンが真面目な顔付きでそう言い、ゆっくりと丁寧に頭を下げた。エルは「ありがとう」とホテルマンに微笑みかけた。


 姿が見えないモノ達に選べといわれて、独りぼっちで泣いている『お姉さん』を見た時から、エルは、彼女のそばに行ってあげたいと思っていた。ようやく、彼女はあの時の約束を果たす事が出来るのだ。

 エルは、泣き続けるエリスに向き直った。彼女の悲しむ姿を見ていると、つられて涙が溢れそうになった。


 思い返せば、幼い頃夢の中で彼女に、もう一度会いに来るよ、と約束したのは事故に遭う前の事だ。あれから、もう随分と年月が過ぎてしまっていた。『人工夢世界のエリス』が、ずっと待っていた人間の一人は自分であった事を、エルは今更になって思い出した。

「時間がかかってしまって、ごめんね。俺、もうどこへも行かないから」

 エルが、エリスを抱きしめようと手を伸ばし掛けた時、ホテルマンが彼女の肩を掴んで引き止めた。

 びっくりしたエルが「どうしたの」と振り返ると、ホテルマンは、自分でもよく分からない事をしているというような顔で見降ろして来た。エルの肩から手を離すと、困ったように笑う。