名前を呼ばれて、ハイソンは反射的に「はい!」と答えた。声を掛けてくれた後輩兼部下のクロシマが、驚いた顔をして「大丈夫っすか?」と心配そうに顔を窺って来る。

 どうやら、自分はちょっとした間に意識を手放していたようだ。ハイソンは「すまない」と詫び、彼から淹れたての珈琲を受け取った。

 ハイソンは研究員として勤めてからは長くなるが、臆病癖が完全に克服できたわけではなかった。見知らぬ軍人が出入りし、所長が不在の為に責任者として相手を任されている事もあって、気力はすっかり擦り切れていた。

 疲労で今にも色々と負けてしまいそうだったが、ハイソンはどうにか、連日連夜の多忙による睡魔を珈琲と薬の力で押しのけていた。

「作業の方はどうっすか?」
「順調じゃない、極めて順調じゃない。今回の現象の派生に一貫性が見出せないし、残されていた資料をかき集めてみても、マルクさんの目的が全く分からないんだ……」

 事態は悪化していた。所長の娘は誘拐されてしまい、【仮想空間エリス】も不安定なままだ。時々空間内の数値は胎動のような揺れを見せるが、その原因も掴めていない。