彼女は、子共のそばに腰を降ろすと、まずは尻尾で手招きした。

『あらあら、どうしたの、そんなに泣いて……何も心配する事はないわ。可愛い子、こっちへいらっしゃい』

 子共は、彼女の尻尾を握るとようやく落ち着いた。彼女が頬を舐めてやると、はにかむように笑い、疲れたように眠りに落ちた。

 ナイトメアと出会ったのも、その頃だ。彼女が死の夢の境界線を漂っていると、彼がやってきて話し相手を要求して来た。彼女の寿命が削られ、失われるごとに視る『死の夢』を渡って、彼は散歩がてらに顔を出していた。

 終わりの象徴なのだと、彼は自身を語った。

 けれど、彼女は、死も闇も怖くはなかった。エルと出会って、もう少しだけ生きたいという欲が生まれたのは事実だが、死に対する恐れはなかった。小さな人間の少女が、自分の子のように思えて仕方がなかった。

 人間の男は、彼が望んだ通り、エルが二十歳になるまで生きながらえた。子共が無事に育ち、自分の身を守れるように強くなって、旅立ってゆく事――それが、彼の願いだった。

 クロエもまた、人間の男と同じように、エルが大人になるまで見守れるよう、少しでも長く共に生きたいと願うようになっていた。

『最近の私は、少し欲張りなのかもしれないわ。あの子も成長して、いつか、あの子を守ってくれる人が現れるでしょう? 誰かと手を取り合って、そうして私達の元を旅立ってゆく姿を、この目で見てみたいと思うのよ。それって、多くを望み過ぎているかしら』

 彼女はナイトメアに出会い、エルが避けきれない未来を知ってからは、定められた運命を変える為の奇跡を望んだ。もし、その奇跡が叶うとしたならば、クロエはそこまで生きる事は出来ない。