ログは、どこか悔いるような男の横顔から、そっと視線をそらした。

 急いで駆け続ける身体が、限界を超えて悲鳴を上げていた。それでもログは、螺旋階段を駆ける足に更に力を入れた。きっと、もう二度と、エルの手を離してはならないのだと、心の底からそう感じた。

 あんたは偉大だぜ、とログは小さく口にした。


「……あいつは、あんたの事を誰よりも好いてる。本当の親父みたいに、幸せだったと話していた。――それに、何も問題はないだろ。俺が見る限り、あいつは、ちゃんと女だ。小さくて細くて、優しい指をしたキレイな女だ」


 知っているだろうか。深く眠り落ちた彼女が、スウェンとセイジがベッドを離れた後、どんなに幸福そうな顔で微笑み、きれいな声で、思い出の歌を口ずさんでいたのか。

 折れてしまうのではないかと思えるような首には喉仏はなく、蕾のような柔らかい唇から発せられた囁きのような唄は、これまで聞いたどんな歌よりも優しかった。あの時ログは、早く目を開けて、こっちを見ろよと思っていたのだ。

 ああ、どうやら俺は、はじめっから手放せなくなっていたらしい。

 ログは、遅れてそう気が付いた。心が惹かれ、揺れ動く法則性なんてものは分からないが、気付かないうちに人は、大切な片割れを見付けてしまうのだろう。

 セイジとエルが戦っている姿を見た時、どうしてその隣にいるのが自分ではないのかと感じた。ホテルマンと歩き去っていく彼女の後ろ姿を見て、俺を選べよと呼び止めたかった。

 お前がそばにいない時間を、俺は、もう考える事なんて出来ないのだろう。

 ログの背中で、男が両方の眉を上げた。それから少しだけ考える素振りを見せた後、「そうだな。あいつは、どこからどうみても、ちゃんとした娘だ」と含み笑いをこぼした。