夢の世界であっても、エルの持つ常識がクロエに適用されているということか?

 ログは、つい悩んでしまったが、結局のところ異次元のルールなど分かりもしないと放り投げた。「そもそも、考えるのは俺の仕事じゃねぇな」と早々に諦め、片手を振ってクロエの瞳を見据えた。

「お前、何か俺に話したい事でもあるのか」

 ログは、一人で別れを決断したエルの判断に怒りもしないで、冷静でいられるクロエの強かさに驚かされてもいた。

 クロエにとっても、エルが大切な存在である事は、「あの子」と呼んだ時に、その瞳に溢れる慈愛で気付いていた。ログとしては、何故、彼女が冷静でいられるのか不思議だったのだ。

 クロエがエルを引きとめなかった事には、何か理由があるのかもしれない。

 猫相手にそう感じてしまうのは、浅はかかもしれないが、今のログには、そうする意外に縋るものも術も持ち合わせていなかった。

『もしも叶うのなら、たった一つの可能性にでも賭けたいの。私、猫としては、とても長生きしたのだけれど、今の私では何もしてあげる事が出来ないから』
「……俺は、まだ黙っていた方がいいか?」
『ええ。質問は、ご遠慮願いたいわ』

 クロエはそう言って、困ったように尻尾を丸めた。

『私達猫は、長く生きる事で七つの魂が宿る事があるの。七つ分の寿命を延ばしてもいいし、若さを取り戻したり、姿を変えたり、人の言葉を話せるように願う事も……けれど私は、何も望まなかった。――ナイトメアと出会うまでは』

 ログは、聞き覚えのある言葉を聞いて、ふと自身の記憶を辿った。

 いつだったか、ホテルマンが、ナイトメアと呼ばれていた事を話していたはずだ。そう思い出してすぐ、ログは「おい」とクロエに声を掛けていた。