先頭を闊歩する自分の姿と、コーラを飲みながら半ば肩越しに振り返るスウェン。歩幅を大きく広げ必死でついてゆくエルの鞄からは、呑気な顔を持ち上げる黒猫がおり、彼女のすぐ後ろには、ポップコーンを片手に持ったセイジがいる。最後尾には、お高くとまりつつも静かに笑うホテルマンがいて、彼の手には、人数分の映画のチケットが握られていた。

 穏やかで暖かな夢が、ログの傍を通り抜けていった。そうなればいいのにと、彼がふとした拍子に考えてしまった未来の笑い声が、早急に遠ざかってゆく。

 聴覚が戻り、ログは我に返った。

 慌てて肩越しに確認したが、そこには瓦礫の転がる道が続いているだけだった。相変わらず狂うような風が吹き荒れ、どこを探しても幻は見付けられなかった。

 仮想空間から離れかけていた全身の感覚が、早急に戻り始めた。ホテルマンに打たれた首の後ろを中心に、背中まで軋むような痛みに襲われ、ログは、在りもしない幻覚を追い掛けて無理やり首を動かした事を後悔した。

『きれいで、優しい夢ね。明瞭に思い描いた夢は、願えば、きっと手が届くわ』

 そう告げる女の声が聞こえて、ログは、全身に痺れる痛みを覚えながらも、再び顔を上げた。

 気のせいか、目の前に佇む猫が、小首を傾げているように見えた。

「……俺には、やっぱり猫が喋っているような気がしてならねぇんだが」
『ここは夢の世界ですもの。夢の中で猫が喋らないなんて、そんな決まりはないのよ』

 クロエが、微笑むように目を細めた。

『猫である私が喋らないと決めたのは、あの子よ。あの子の世界では、猫である私は人の言葉を介さないの』