もう自分に何が出来る訳でもないのなら、夢だと言い聞かせて、何もかも忘れてしまえばいい。『夢人』だとか、『夢世界』だとか、説明しようにも誰一人納得させる事も出来ない、この世界の不思議を理解する事など、到底出来ないのだから。

 ログの聴覚は、それでも辺りの音を拾い続けていた。

 世界が崩壊する騒々しい音に混じって、吹き荒れる風の中に少女の泣き声が重なっている。自分が誰なのかも分からなくなった、迷子の可哀そうな子共の声に似ていた。

 ああ、そうか。この世界は、とんでもなくでかい異次元なのだ。

 この異次元には、『夢人』だとかいう訳の分からない連中が確かにいて、ホテルマンのような存在もいる異世界の一部に、俺達人間が少しばかり巻き込まれたに過ぎないのだろう。

 ログは唐突に悟った。そう考えている間にも、身体からは力が抜けていく。


 気付くと、彼の視界は暗転していた。稼働を止め掛けた脳が、彼が向こうへ戻った後の光景を勝手に想像して、無駄な思考ばかりを続けていた。

 現実世界に戻ったら、『仮想空間エリス』へ潜入する前と変わらない顔ぶれが彼を迎えるだろう。アリスは、マルクに懐いていたようだから、ログとマルクの無事を喜ぶかもしれない。

 マルクは今回の首謀者という事になっているが、どうやら『夢世界』の事情に翻弄されて正気を失わされていた部分もある。所長とやらも真実を知っているようだから、スウェンと共謀して、どうにかなるのだろう。そもそも、エルがマルクを助けたいといったのだから、マルクが完全に黒ではない事は、間違いないはずで……

 途端にエルを思い出し、ログの想像はそこで途切れた。


 そうだ、ここで諦めたら、もう彼女の強い反論も主張も、心を見透かすように真っ直ぐ見つめ返して来る眼差しも、不思議と相手を納得させるやりとりも、見聞きする事は叶わないのだ。