「色々と迷惑を掛けてごめんな。俺、お前達と過ごせて楽しかった。もっとずっと、話して笑っていられたらって」

 その時、エルが「それから」と声を潜め、ログの耳元に顔を寄せてこう囁いた。

「俺の本当の名前、『ことり』って言うんだ。漢字で、小さな鳥って書くんだよ。今は、エルって名前も気に入っていて……あ、でも、そうか。そういえば日本の漢字って言っても、分かんないかな…………それじゃあ、元気で。さようなら」

 漢字ぐらい知ってる。お前、俺らが日本語を話せるのを知らないんだ。

 かろうじて動くログの眼球は、傍を離れてゆくエルを見続けていた。ホテルマンが彼女を迎え入れ「心の準備は、よろしいですか?」と柔らかい眼差しを向ける、その顔を見て、ログは何故だが酷く腹が立った。

 ああ、なんだ。お前、そんな顔も出来るんじゃねぇか。

 そんな顔してると、お前、まるで人間みたいだぜ。なのにお前ときたら、わざとらしく俺達の名前すら呼ばねぇんだもんな。お前は、俺達人間に対して情が沸いちまうのが、そんなに怖いのか。

 ログは朦朧とする意識の中で、エルとホテルマンが向かい合う様子を眺めた。気のせいか、身体の不調に対して、不思議と気分は落ち着いて来た。視界は安定しており、平均間隔がぐるぐると回る事もない。

 全身の痺れは残っているので、痛みという感覚が遠のきつつあるのかもしれない。

 ああ、駄目だ。動けよ俺の身体。頼むから、まだもってくれ。

 既に指一本分の感覚もなくなっていた。エルとホテルマンが塔に向かって歩き出し、その姿がすっかり見えなくなってしまっても、ログの身体は動いてくれなかった。