ホテルマンは立ち上がると、膝の埃を手で払った。まるで海辺を眺めるような冷静な面持ちで崩壊の様子へ目を向ける彼を、ログは忌々しげに睨み上げた。

　なんて嫌味な奴なのだろうか。

　ログは、ホテルマンの横顔に、腹の中で悔しさを噛みしめた。この身体が動くのであれば、あの涼しい顔に一発ぶち込んでやっただろう。

　凶暴になる風の音に混じって、どこからか、女の子の泣き声が聞こえるような気がする。

　とうとう聴覚にまで損傷が広がり出したのか？

　一体、このホテル野郎はどこを狙って打ったんだと、ログは眉間に力を入れつつ瓦礫の一つを握りしめた。拳から走る痛みが、遠のきそうになる彼の意識を繋ぎ止める。

　幻聴か、気のせいなのか。風の音に混じる泣き声を聞いていると、何故か、最後に一度だけ目が合った『エリス・プログラム』が具現化した少女――エリスの顔が脳裏に蘇った。

　ログは「そんな馬鹿な」と自分を嗤った。もう、何もかも終わったはずだろう？　

　次第に目が霞み、瞼が下がり始めた。しかし、一組の靴音が耳に入り、ログは咄嗟に己の唇の端を噛み切った。

　鋭い痛みに意識が強制的に覚醒され、ログの視覚を呼び戻してくれた。彼が再び目の前の光景を視認出来た時、エルが傍に膝を付いて、腕の中からクロエを降ろしている所だった。

　おい、どういう事だ。

　そう問いたくとも、口は思うように動いてくれなかった。ログは、彼女と目を合わせた。お互いの視線が近くからぶつかりあうと、エルが、途端に困ったように弱々しく笑った。


　そのエルの表情を目に止めた一瞬、ログは、時が止まったような錯覚を覚えた。