私は家族を失った後、このように誰かを想って泣いた事はあっただろうか?

 ああ、私は、あまり泣いた事がなかったのだったな、とマルクは遅れてそう気付いた。勝手な優しさを押しつけるばかりで、結局私は、取り残されるショーン・ウエスターの事も、アリスの事も、想いやってあげられなかったのかもしれない……

 下半身を締めつける傷みが激痛に変わり、不意打ちの事でマルクは意識が飛びかけたが、弱みは見せまいと唇を噛んだ。切った唇の痛みが、彼の意識を繋ぎとめてくれる。

 マルクは、乾いた舌で溢れる血を舐め取ると、逃げもしないエルに向かって叱咤した。

「――ッ、いいから、その腕を離しなさい! 君には無理だと何度も言っただろう!」

 その時、螺旋階段から一人の男が飛び込んで来た。

 唐突に二人の間に割って入ったのはログで、彼はエルの腕と、マルクの腕を強引に掴むと、疲弊しきった顔に怒気を孕んで「その言う通りだッ」と声を荒上げた。

 ログは、エルの手をマルクから引き剥がすと、両腕でマルクの腕を掴みながら肩越しに彼女を睨み降ろした。


「無茶をするなと言っただろう! なんで助けを呼ばないんだ! 女の腕力には限界ってもんがあるんだ、お前は黙って俺に守られてろ!」


 本気で怒ったログの顔を見て、エルはその気迫に押され、後退した拍子に再び尻餅をついた。

 ログは鼻で短い息を吐くと、両腕で一気にマルクを引き上げた。マルクが痛みで顔を歪める事もお構いなしに、彼の足に絡みついた電気ケーブルを強引に手で千切り捨てると、戦意喪失したエルと、白いコートの所々に血痕を付けたマルクを両脇に抱え、螺旋階段に向き直った。

 螺旋階段は、既に二メートル以上も離れてしまっていた。マルクが目測し、「無謀だ、私を置いてゆけ」と青い顔で言ったが、ログは「黙ってろ」と低い声を出すと、螺旋階段へ向けてダイブした。