私が彼に会ったのは、大学院へ進んだ頃だ。若くて有名で、元は解剖を専門としていた学者、ショーン・ウエスター。――エリスが彼の研究生となってから、私もその男の事をよく知るようになった。

 ショーン・ウエスターは、虫も殺せない牧師か小児科の先生、はたまた文学者のような、敵意も殺意も競争心も持たない瞳をした男だった。東洋寄りの顔立ちでかなり若作りであり、外見からは正確な歳を把握するのは難しい。

 一部の研究生が噂していたのは、彼が、本当は軍の人間だとかいう七不思議のような嘲笑話だった。その名前も本名か知れたものじゃない、と彼を尊敬しない先輩もそう噂していた。大学院内で、親も親戚もないショーン・ウエスターについて、プライベートな話を知る者はいなかった。

 ショーン・ウエスターが受け持つ授業は少しだけで、どこにいっても眠りこけている姿が目についた。性格が元々のんびりしているのか、たまに見掛けるのも食堂か庭先か、小動物が管理されている施設で兎をつついている等、呑気なものだった。

 エリスが初めて、彼を私に紹介してくれた時、これまでの恩師や同級生、友人を紹介する時と違った雰囲気に私は気付いた。一段と美しくなった彼女の笑顔が眩しくて、私は、ああ、そうか。彼女はショーン・ウエスターの事が、一人の男として気になっているのかと分かってしまった。

 ちょっとした嫉妬心もあったのだろう。

 これまで他者に感心もなかった私は、ショーン・ウエスターの事を気にするようになった。以前の私が毛嫌いしていたような噂話も耳に入って来たし、姿を見掛けると、つい目で追うようにもなった。ショーン・ウエスターの後ろを追いかけるエリスの姿も、当然のように私の目に入った。