父の手で母が殺され、父が自害した。

 ひどいその事件は、二つの死体が出来上がっただけでは終わらなかった。警官の隙をついて母の男が逃げ出し、複数の警官が慌てて男を追い駆けたが、彼はトラックの前に飛び出して自殺したのだ。

 事件は次第に忘れられていったが、私の身には常に噂がまとわりついた。

 私の家についての評価や、当時の血生臭い事件が、人の口を渡るたびに歪められ、根も葉もないようやく噂も執拗に繰り返された。詳細を知らない人間も、私を謙遜するようになっていった。

 親のいない子共というだけで、私を白い目で見る人間も少なくはなかったが、エリスは、いつも真っ直ぐ私の目を見た。成績では私に次いで二番で、賢く知的な娘だった。彼女はあの頃から既に美しく聡明で、誰よりも優しい目をしていた。

 私は人と関わる事が苦手で、あの頃は、特に口下手だった。教室にも馴染めず、関わりを持った女の子を泣かせてしまった一件が、私をより一層人間嫌いにさせていた。集団で過ごさなければならない時間は、私にとって苦痛だった。

 いつも人に囲まれていたエリスと、初めて関わる事になったのは、私の眼の前で泣いてしまった女の子が、彼女の友人だった事がきっかけだった。

「あなたは、とても不器用な人ね。不器用で優しくて、頭のいい人だわ」
 
 一人教室に残った私に、エリスがそう言った。

「あの子の素直なところが利用されると思って、あんな事を言ったのね。でも大丈夫よ。あの子、見る目だけは確かなの。私の友人は、ひどい男に簡単について行ってしまうほど、弱い女の子じゃないのよ」

 あの時代は、自分よりも賢い女を嫌う男も多く、彼女の才能を嫌う男もいた。けれど、彼女はまるで相手にもしていなかった。彼女は、強さを秘めた女性でもあったのだ。

「努力と実力の世界でしょ」

 彼女は朗らかに笑って見せた。彼女の、そういった強い所に私は憧れた。