私が六歳の頃、母の男の一人が、家で銃を乱射する事件を起こした。銃弾は私の足と、母の腕を貫き、騒ぎを聞きつけて助けに来た複数の大人も怪我を負った。近所の住民の通報で救急車と、複数のパトカーがやって来ても、事態は収拾がつかなかった。

 半狂乱の男が、見境なく乱射する銃の弾がようやく切れた後、父が彼にとびかかって、二人の激しい殴り合いが始まった。多くの警官が二人を引き離して取り押さえると、暴漢が意味のわからない奇声を上げて、父が「私は医者だぞ! 医者だ! 離さんか!」と叱咤した。

 事情の分からぬ第三者にとって、こちらの言葉も理解しない半狂乱の男に比べると、激昂してもりせいる物言いをする父は、まともに見えたのだろう。一瞬、誰の注意からも父の姿が外れてしまう。

 それが、続く悲劇の引き金だった。

 父が、使い慣れたメスで母の喉笛を切り裂いたのは、その直後の事だ。あまりにも慣れた手捌きは、ほんとに一瞬の出来事で、私は何が起こったのか状況を飲み込む事が出来ず、他の人間達と同じように、呆けた顔で見ていた。

 噴き出す真っ赤な血飛沫が、母の後ろにいた私の顔面と服に降り注いだ。母は壊れた人形のように崩れ落ち、人々の悲鳴と怒号が飛び交った。取り押さえろ、と誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。

 すぐそばにいた私を、父が見降ろして――嗤った。

 ああ、私も母と同じ運命を辿るのだろうなと思ったが、父はそうしなかった。

「俺はな、俺の血が流れていないお前なんて好きじゃなかった。お前など、連れて逝く価値もないわ」

 父は私に呪いの言葉を吐いた後、メスで己の首を切り裂いた。そうか、私には殴られる価値すらもなかったのかと、私が悟った瞬間でもあった。