「おっさんッ、目を覚ませ! 俺は、絶対に諦めないからな!」

 こちらの意思や想いなんて、大きな『理』からするとちっぽけな事だろう。それでも、たった一人だろうとも、その想いは確かに尊いのだとエルは知っている。時間が限られた人生だからこそ、一つ一つの命は代え難いほどに尊いのだ。

 エルは尻を付いたまま足場を固定し、電気ケーブルの中へと引きずり込まれようとするマルクの腕を握り締めて、思い切り後ろへと引っ張った。

 地下空間に残された電気ケーブルの固まりの下で、崩壊する空間の瓦礫を飲み込む闇が、更に口を広げて嗤ったような気がした。

              ※※※

 彼女の名前は、エリスという。

 私の友人であり、ちょっと風変わりな少女だった。私は初めて見た時から、彼女が嫌いではなかった。

 同じミドルクールで、誰もが私を「親無し」と嗤っても、彼女だけは蔑ろにしなかったからかもしれない。もしかしたら彼女だけが、平気な顔で私に手を差し伸べてくれたせいだろうか。貴族家系の末の令嬢として愛されていた彼女は、そのミドルスクールでは、珍しく身分で人を差別しない少女だった。

 元々、私の一族は代々が医者だった。周りの人間はそれを褒めて尊敬したが、私にとって、ろくでもない両親がいたに過ぎない。父親は有名な外科医だったが、日常から母に暴力を振るい、母は持て余した金で別の男と酒に溺れていた。

 父は決して私を見なかったし、母は私を抱きしめようとはしなかった。

 そんな中で、勉強だけが私を、人間たらしめる生活の糧だった。私は外観ばかりが立派な家の中で、余分な異物として毎日を部屋の隅で過ごした。

 けれど終わりは、あっけないほど早く訪れる。