きちんと口にしなければ、擦れ違い続けてしまう。

 だから、どうかお願いだから、あなたを愛してくれる人がいる世界から、勝手に消えてしまわないで……

 そんな事を考えた自分を、エルは小さく嗤った。

 エルは父親のようだったオジサンを失い、帰るべき場所もない。だから、まだ失っていないマルクに、自分の夢を勝手に託そうとしているのだとは分かっていた。


 オジサンのいる家に帰りたい。大好きだった。もう一度会いたくて、恋しくて、父親として彼を愛していた。――それも、もう全て叶わない。


 気付いてしまったのだから、仕方がないではないか。マルクのたった一つの望みが、恐らくエルが抱えているものと同じで、失ってしまった人を取り戻して、戻って来ない幸せだった日々に帰れたらと、ただそれだけの想いであったのかもしれないのだと。

 エルは、自身の悲しみを知らない振りをして、ホテルマンに心の中で問い掛けた。

 クロエは大丈夫かな、安全な場所にいてくれているかな……思わず彼の燕尾服の裾を指先でつまむと、ホテルマンがこちらを見降ろして、「賢い猫ちゃん様は、大丈夫ですよ」と口に出してそう言った。

 夢の崩壊が、刻一刻と迫っていた。

 一同が、お互いの役割を確認し合うように肯いた時、不意に大地が大きく震え、幾多の黒鉄の茨が地面を突き破って噴き出した。それはエリスの背後で急激に増殖と成長を進め、立ち塞がる壁のように天へ伸びた。

 鈍い反射すら返さない漆黒の鉄茨の向こうで、微笑むエリスの長い金髪が、磁気を帯びたように広がった。

「ねぇ、お話は終わった? 私、道が繋がるまで暇をしてしまうから、一緒に遊んでくれる?」
「どんな遊びをご所望かな」

 実に厄介だな、という表情を無理やり笑顔で押さえつけて、スウェンが声を張り上げた。