手も足も出ない状況下で、エルは、無意識にセイジの無事を確認した。

 風で動き回る粉塵の間に目を走らせると、吹き飛ばされた衝撃で地面の上に転がっていたセイジが、腰をさすりつつ立ち上がる姿を見て、思わず安堵の息をこぼした。

 大蛇が顔を持ち上げて、眼前からエルを見据えた。エルは、ようやく自身の問題へと意識を戻し、どうしたものかと考えた。意地でも、痛いなんて言うものかと、痛みに顔を顰めつつも奥歯を噛み締める。

 体勢を立て直したセイジが、遅れてエルの状況に気付いた。彼はすぐさま駆けつけようとしたが、ミサイルが続けて上空から降り注いだ。

 セイジは、妨害行為だと察して舌打ちした。地面に転がっていた数百キロはあろうコンクリートの瓦礫を持ち上げ、それをミサイル目掛けて投げつけ、地上に到着する前に上空で爆発させた。

 エルの位置を確認しつつ、セイジは、地上に転がる瓦礫を押し退け、噛み砕こうと飛び込んで来る大蛇の口から身をかわしながら走った。エルの身体を締め上げる大蛇に向かい、彼は公道にある鉄柱を引きちぎって突き投げたが、別の大蛇が腹に受けとめ、地面に崩れ落ちて彼の進行方向を立ち塞いだ。

 ログが「もう我慢ならねぇッ」と、アリスから手を離し掛け時――

 彼らの頭の中に、聞き慣れた男の声が飛び込んで来た。


――いけませんよ。あなたには、まだアリスを守っていてもらわなければ困ります。


 大蛇に締めあげられるエルの意識が、遠のいたその刹那、その場に流れる空気が不意に変わった。

 漂う風が一変し、冷気を帯びた。

 強烈な殺気に気付いて、ログとセイジはエルへと目を向けた。彼女の瞼が完全に閉じられようとしていた寸前、力を失っていたはずの細い指が、僅かに反応した。

 意識を失い掛けていたエルの目が、途端に見開かれた。開いた少女の双眼は、美しい柘榴を思わせる赤に変わっていた。強い殺気を帯びた冷酷なその瞳が、無感情に大蛇を見やり、表情を失くした顔で冷ややかに睨み付ける。