最悪な未来の引き金は、あの子――エルが『エリス』に攫われて殺されてしまう事が原因だった。

 エルの生命が『ナイトメア』の発動よりも早く奪われ、『エリス』が夢世界から飛び出して現実世界で多くの人間を殺す。『宿主』を奪われた『ナイトメア』が暴走し、彼が規約を破って『エリス』を完全に壊してしまう。そこで均衡が崩され、夢世界、物質世界、精神世界で大きな戦争が起こり、その災厄で大勢の人間が死ぬのだ。

 これが未来なの? ああ、エルを先に『エリス』に奪われては駄目よ。

 すると、夢の中で、誰かがアリスに呼び掛けた。


――アリス、信心深き我らが愛すべき子よ。お前が時間を稼ぎなさい。先に『エリス』に接触し、少しの間共に眠りにつくのだ。そうすれば『あの子』が先に死んでしまう未来は回避出来よう。

――我らは、『運命』と『生死』を管理するモノ。お前が『変えたい』と望む心がチャンスを引き寄せ、またしても未来の道筋を一つ変えた。アリス、君は第三者ではなくなったのだ。望む未来のために少しでも手助けしたいと思うその願い、我らが叶えよう。


 それが神の声だったのか、アリスには分からなかった。

 それでも、決心は付いた。特別な力はなくとも、『エリス』と共に眠りにつく事は出来るだろう。母親と同じ顔をした『彼女』なら、束の間であれば、自分の声を聞き入れてくれるような気がした。

「すまない、アリス。君にひどい事はしない。ただ、私は君達親子の事を知らなければならないのだ。どうか少しの間だけ、私に協力して欲しい」

 運命が動き出す日、マルクおじ様はそう言って、アリスの部屋を訪ねて来た。

 部屋から連れ出されてすぐに、アリスは意識を奪われた。次に目覚めた時、彼女は知らない研究室で横たわっていた。