ただ、もう戻っては来ない、一人の女性を救いたかっただけなのだろう。

 何故なら彼は、『夢人』の存在の一切を知らない。そして、『仮想空間エリス』に残された、エリスと同じ姿をした『彼女』の存在も知らないでいるのだ。あの『エリス』は、死んでしまった彼女自身ではなくて――

 背後から、ログとセイジの声が聞こえたような気がした。けれどエルは、目の前の悲しい男への戦意が消失してしまい、動く事が出来なかった。どうしたら全員が救われるのだろうかと、必死にそればかりを考えてしまって、自分の身を守る方法を探る余裕がなくなっていた。

 戦闘兵器が一歩後退し、その身を屈めた瞬間、巨大な瓦礫がエルに向かって飛んで来た。

          ◆◆◆

 どこまでも、深い眠りへと落ち続ける。夢は既に色褪せ、音も風景もみな闇に沈んでしまっていた。

 それほどまでに深い眠りなのだ。

 人の意識は、そこでようやく異界という根源に、少しだけ触れる事を許される。

 彼女は、不思議な夢を見る事があった。例えば、物心知らぬ間に亡くなった母と、夢の中で六歳までの時を共に過ごした。現実的に考えると夢物語のようだったから、父以外の誰かに話した事はなかった。

 本当なら髪の梳き方も、母子の触れあいも教えたかったのだと、夢の中で母と呼べる女性は、そう言った。

 寂しい思いをさせてごめんね、どうか、あの人の事をお願いね……

 七歳の誕生日を迎えた夜、母は最後にそう告げて、彼女の夢から消えていった。額に暖かいキスと、大好きな父への愛の言葉を残して。

 母は、彼女に沢山の事を教えてくれた。父が頑なに口を閉ざしていた研究の事や、これから起こる未来について、夢として映像を残し我が子に想いを託していった。