「あの子はどうしたんだ? アリスをここまで連れて来てくれた、あの子は――」
『あの子も言っていたでしょう。もう、時間がなかったの。彼女は、この世界の危険からアリスを隠し通し、そして、あなたに託す為に、全ての力を使い果たしてしまったのよ』
「消えてしまったのか……? 私は、礼すら言えていない」
『彼女は、自分の願いと使命に従っただけ。だから、どうか悲しまないで。願いの為に消えていったあの子の為に、私たちが今出来る事をするのよ』

 女性の声を聞いていると、不思議と、自分の母親の事が思い出された。セイジは兄弟が多くいたが、いつも忙しくなく動いていた母親が、こちらに見せた微笑みと優しい声が、懐かしく蘇って来る。

 姿なきその声は、まるで母性の象徴のように温かみのある声をしていた。慈愛を覚え、敵意はまるで感じない。

「あなたは、誰なんだ? 私達の事を知っている者か?」

 続けて尋ねてみたが、声は答えてくれなかった。その代わり『見てちょうだい』と、セイジを窓辺へと促した。

 セイジは、言われるままに窓辺へと立ち、地上を見降ろしてみた。塔の方向へ、ログが息を切らせて駆けている姿があった。連続で破壊の力を発動させたのか、彼の左手の袖口は、少し焼き切れてしまっていた。

 セイジは、ログが向かう先に目を走らせ――ハッと目を見開いた。

 そこには、複数の巨大な瓦礫が宙へ浮かび上がっていたる光景があった。その目と鼻の先に、黒いロングコートを揺らめかせて佇む、小さな後ろ姿がある。見間違いではなく、それがエル本人である事に気付いて、セイジは一瞬呼吸を忘れた。