セイジは、フロアの床を見降ろした。何度か足を打ちつけて、その強度を確認してみる。

 これくらいなら打ち抜けるかもしれない。そう考えて、おもむろに拳を振り上げた時、強く制止する女の子の声が、彼の頭の中に響いた。


――駄目よ、やめて。


 聞き覚えのあるその声は、セイジが以前のセキュリティー・エリアで出会った、エルによく似た女の子の声だった。

 セイジが慌てて拳を引っ込めると、頭の奥で彼女が安堵の息を吐くのが聞こえた。


――とんでもない人ねぇ……まさか上の方に到着してしまうなんて、よっぽど引きが強いのかしら。でも、わたしとしては助かったわ。もう、間に合わないかと思ったもの。ほとんど消えてしまって、姿も保つ事が出来ないから……七階にアリスを連れて来たわ。だから、上から瓦礫を振らせるような事はやめてちょうだい。
 

 その時、エレベーターに光りが灯った。半ば反射的に振り返り、セイジが駆け寄ると、上がって来たエレベーターが到着音を上げて、その扉を開いた。

 乗れということなのだろうか。

 セイジは少しだけ考え、特に危機感も覚えないまま、素直にエレベーターの中へ乗り込んだ。またお前は苦労せずに、というログの幻聴が聞こえて来そうだったが、アリスの救出は大事な任務だ。きっと、そんな懸念はないだろうと思い直した。

 セイジがエレベーターに乗り込んですぐ、扉が閉まり、七階のボタンが点灯した。

 空調が壊れているせいか、密封された室内は蒸し暑かった。高層ビルのエレベーターは、滑るように階下へ進むと、チン、と乾いた音を立てて扉を開いた。