「当然だろ。何年お前の先輩兼上司をやっていると思っているんだ。というより、ハッキングってどういう事だよ、その集中力を仕事に活かせよな、全くッ」

 クロシマは、普段の調子で叱り付けるハイソンの様子を見ると、両方の眉をつり上げたが、ふっと勝気な笑みを浮かべて「さすがっすね、ハイソンさん」と褒めた。ジョエルとトーマス、リジーが顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。

 一同が、それぞれの席に腰かけて、モニターと向きあった。

 予想以上に『エリス・プログラム』の動きは激しくなっていた。クロシマは、仮想空間内で何か新たに起こっているのだろうか、と気になったが、『エル少年』とのやりとりも思い起こされて、人工知能に負けてなるものかと対抗心に火が付いた。

 所詮、相手は機械だ。造った人間様が負けて堪るか。

「さぁ、いっちょやってやりますか。『エリス・プログラム』を丸裸にしてやりますよ」
「おい。脱出経路の奪還が優先目的である事を忘れるなよ」

 独り言だというのに、すぐにハイソンが注意した。クロシマは予想通りの反応に満足しつつ、「へーい」と上辺で返事をした。

 パソコンのキーボードを打ち音が響き始めてすぐ、『ナイトメア・プログラム』に占領された旧式のパソコンが勝手に稼働を始め、所員の作業に合わせて『エリス・プログラム』のデータ情報を次々に引き出し始めた。

 全員が一瞬、不思議な現象に気を取られたが、すぐに各々の仕事に戻る。

「まるで、意思があるみたいね」

 リジーがぼやいた。ジョエルが苦笑し「何だか憎めない奴だなぁ、『ナイトメア』って。まるでファンタジー小説みたいだせ」と言うと、トーマスも「違いない」と笑った。ハイソンがそんな部下を注意しつつ、「俺たちの味方だって事だろ」と返した。

 クロシマは「面白いよなぁ」と呟き、意気揚々とキーボードに両手を滑らせたのだった。