所長の方はというと、現在の状況を飲み込むのにやや時間をかけ、たっぷり数十秒経った頃、ようやく気付いたようにハンソンの方へ顔を向けた。

「そういえば、君は誰だろう?」

 彼は、申し訳なさそうに呟いた。

「すまないが、人の顔と名前を覚えるのは苦手でね……どこかで会った事はあるかな?」

 話し方は非常に穏やかで、ゆっくりとしていた。慣れたような言い方だったので、それだけ多くの人間に会う機会のある人物なのだろう、とハイソンは思った。

「いいえ。僕が、あなたを見掛けた事があるだけです」
「そうか……」
「食事はされましたか? よければ、僕のチョコスティックを一本おすそわけしますが」
「ああ、それは助かるな。なんだか空腹を感じているような気はするんだ」

 チョコ菓子を受け取る彼を、ハイソンはまじまじと見つめた。アメリカ人にしては、顔はやや東洋寄りで、漆黒の髪がキレイだと思った。男に対して髪がキレイだと思うのは失礼な気がしたが、彼を取り巻く穏やかな空気の流れは、なんだか好きになれそうだった。

 若き所長は、ハイソンからもらった菓子をゆっくりと食べ進めながら、手元の資料に目を通した。