ああ、ハイソンさんが俺を呼んでいる。

 クロシマは崩れ落ちた床でもがき、身体を起こそうと努力したが、込み上げる吐き気は尋常ではなかった。気付いた誰かが彼の背中を撫でているが、耳元で鳴り響く数人の声は騒音のようにまとまりをなさず、クロシマの聴覚を揺さぶり続ける。

 そう、俺は病気なのだ。

 クロシマは、滲む視界に出された紙袋を目に止めてすぐ、吐けもしないと分かっていながら頭を突っ込み、長らく激しい咳をこぼした。


 極度の不眠症だった。人の騒ぐ場所でしか、睡眠を取る事が出来ないのだ。絶対に眠るんじゃないといわれていたのにも関わらず、クロシマは、モニターの前に腰かけてからの記憶がなかった。

 いつからこうなってしまったのか、いつからそうなってしまったのか、は覚えていない。


 眠れない時に思い出される事と言えば、三番目に生まれた妹の泣き声と、彼女の誕生の瞬間に立ち会い歓喜する両親と弟の姿と、微笑む赤子の顔。それから、ぴくりとも動かなくなった、小さな小さな彼女の骸だ。

 誰が悪かった訳でもない。赤子の死亡事故には、よくある事だと誰かが言っていた。

 それでも、家族が嗚咽する後ろ姿や、夜中に聞こえた大きな物音。ピタリと止んだ赤子の泣き声が、どうしてもクロシマの中から離れないのだ。

 長男である俺が、もう少しだけ彼女を気に止めて、助言をくれた男友達のように、年の離れた妹の様子をこっそり見に行く習慣を持っていれば、もしかしたら、彼女は死ななかったのではないかと――そんな、らしくない事ばかり考えてしまう。