先程ホテルマンには伝えなかったのだが、実は嫌な予感を覚えてもいた。塔に近づくほど、嫌な感じは強くなっている。塔にエリスがいるからこそ、マルクはその周囲を一番守っているだろう事はエルにも容易に想像出来た。

 戦術においては、マルクもエルも素人だ。

 だからこそ、エルには単純にその考えに行きつけた。戦力を一気に集中させ、エリスが目覚めるまでの足止めを行うとすれば、塔の付近で彼は構えているはずだ。マルクは準備万端に、スウェン達がやって来るのを待っているのだろう。

 ホテルマンは、無理をするなといっていたが、それこそエルには無理な注文だった。

 諦めず、全力で戦う事を、彼女は自分が生き続けると誓ったあの時に決めたのだ。オジサンもきっと、大事な時の為に自ら立ち向かう勇気として、戦う術を教えてくれていたのだろう。

 違和感を強く覚える場所の前で、エルは一旦足を止めた。そこは、塔から伸びる四方の道の一角だった。中心地までの距離は、約三キロメートル。静止画のように静まり返る光景は、嵐の前の静けさのように違和感を増幅させる。

 呼吸を整え、足元を見降ろした。ここからがセキュリティー発動の境界線なのだろうな、と思う所があった。

 この身に『ナイトメア』を宿しているせいなのか、それとも、これまでの経験がそうさせているのか、今となってはどちらでも構わない。

 エルは、息を大きく吸って前方を見据えた。

 先へ、一歩を踏み入れた瞬間、世界が一転し、激しい戦闘音と爆風がエルの全身を飲み込んで、彼女は少し目を瞑ってしまった


 ――カチリ、と無限に繰り返される時間が、動くような気配がした。


 目を開けると、声もなく顔も識別出来ない、けれど人の形をどうにか保った半透明な白い人達が地上を逃げ惑っているのが見えた。彼らは地面の僅か上を浮いているように走り、壁への衝突や、瓦礫に躓いて倒れ落ちるだけで、形を飛散させた。