この世界には、痛い事も苦しい事もある。けれど過ぎ去る年月も、寿命のある儚い輝きも、何もかもが美しいのだ。

 この世界で巡り合えた父と母が、愛したこの世界が、エルには愛おしかった。

 この小さな手でも救えるというのだろうか。

 エルが深い闇に尋ねると、「そうだ」と答えが返ってきた。幼いエルは、少しだけ考えて、自分の答えを導き出した。


 この小さな手でも、お姉さんが救えるというのなら、生きてみたいな……別れは辛いけれど、わたし、お父さんとお母さんに何もしてあげられなかったから、もう少しだけ生きて、誰かを助けてあげたいの。

 ねぇ、聞こえてる? わたし、お姉さんを助けるよ。自分に出来る事があれば、精一杯手を伸ばしなさいって、お父さんもそう言っていたもの……


 形のない世界の支配者たちは、エルの選択を否定しなかった。幼い彼女でも分かるように、手短に大事な事を話してくれた。あの少女の中には、元となった人間の大切な夢や記憶が詰まっている事。それが壊れてしまったら、彼女も、彼女の元となった人間の少女の大事な記憶も想いも全て、世界から永遠に失われてしまう事。

 幸いにも、こちら側の世界には苦痛がないのだと、無数の声達は続けてそう告げた。

 物質世界で、エルは既に人としての死の痛みを経験している。人として一度の人生で二度も受ける苦痛ではなく、それはあちら側の王の希望でもあるという。

 穏やかな『死』を約束すると、彼らは小さなエルに約束した。

 怖い事は何も無い。約束の時を迎えれば、二度と人の世に戻る事は出来ないが、静かな眠りの中で、エルの人生が終わるだけだ。