――愛されし子よ、選ぶがいい。我らは、命持つ者に許された選択を尊重する。

――あちら側の王が、此度の一件について、こちらと同じく選択の権利をお前に与えた。

――他に候補の『器』は用意されている。思い悩まず、己が望みを選択するがいい。

 幼いエルの目に止まったのは、暗闇中で泣き続ける一人の少女の姿だった。少女は、薄い硝子に囲われた檻の中にいて、エルが思わず「おねえさん」と呟いても、掠れた声は彼女に届いてくれなかった。

 泣かないでと、伝えてあげたかった。

 あなたは何も悪くないよと、そう言って頭を撫でてくれた両親の言葉を思い出した。ほとんど感覚も残されていない手を、どうにか彼女に向けて持ち上げてみた時、幼いエルは唐突に、小さな自分の手が、とてもちっぽけである事に気付かされた。そして、動かなくなってしまった身体では、彼女を助ける事も叶わないのだという事実を知った。

 幼いエルは、自分の最期の瞬間を思い出した。大きな衝撃が起こり、気付けば暖かく薄暗い世界を、父と母に手を引かれ歩いていた。けれど、二人の身体はふわりと浮かび上がり、地面にはエルだけが残されてしまったのだ。

 優しい両親だった。

 眩しい光りに満ち溢れた世界の様子が、幼いエルの脳裏をよぎった。彼らは、置いて行きたくて、エルの手を離した訳ではないのだ。あなたには別のお迎えが来るのねと、母は寂しそうに告げた。こちらの世界のお父様に会われたら、その世界で待っていて。私たちきっと、何十年かけてもまた、あなたに会いに行くから……

 毎日与えられるばかりで、何も返せていなかった。向こうの世界の父親なんて、エルは知らない。ただ、この世界でも彼女は、確かに自分が幸福に満たされて、過ごして来た事を思い知った。