エルは、更に自身の記憶の奥底へと潜り込んでいった。

 幼少期の記憶が佇んでいるはずの場所は真っ暗で、そこには何も存在していなかった。大切な約束の記憶だけが、濃い闇に大事に守られて彼女を待っていた。

 エルは、大事に闇に守られた、自分の第二の人生の始まりの記憶に触れた。

 解放された記憶の風景が辺りを埋め尽くし、酷い怪我をした女の子が横たわっている光景が眼前に広がった。そうだ、あの時だ、とエルは思い至った。彼女が自分の運命を選んだ日――

 そして、彼女が『ナイトメア』の『宿主』になった始まりの日だった。

 研究所の一室で、幼いエルが異世界に身体ごと飲みこまれたあの日、彼女の心臓は既に止まっていた。自分でも「死んだのだ」と幼いながらに不思議と理解していた。

 ここは死の世界なのだろうか。

 幼いエルが、父や母の姿を探してそう考えた時、「否」と頭に響く言葉があった。


――我らのいるこの場所は、時間から切り取られた世界……我らが用意した、どの『器』よりもこちら側に近い人の子よ。お前には選ぶ権利がある。


 どういうこと?

 彼女が思うだけで、深い闇の世界は「うむ」と答えた。


――お前は人の身でありながら、あらゆるモノを受け入れる強大な器を持っている。お前の魂は物質世界を統べるモノに属し、精神は、こちら側の、あらゆる境界線を超えるほどに清い。

――稀に異質な子供が生まれる事がある。お前は、上の『理』のモノだったのであろう。

――あちら側の王は、お前を連れ戻す為に寿命を本日と定めていた。しかし、お前の意思を尊重する事に変わりはないようだ。


 声は、何重にもなって次々に言葉を発した。何人もいるのかと心の中で尋ねると、個を持たない意識の集合体なのだと、その世界の『理』は答えた。