研究所には機密を知っている人間や、関わりのある(もしくは現在も関わっているらしい)人間がよく出入りしていた。

 資料の持ち出しは禁止されていたので、まるで金庫室のように厳重なセキュリティーの施された、ランクSの通行許可証のカードを持つ人間の出入りには、ハイソンも初めは気が奪われたが、慣れると次第に気にならなくなった。

 訪問者は必ず入口で検査され、許可をもらった者だけが出入りを許された。

 軍人もいれば警官もいたし、私服の一般人風の若者もいた。食堂に席を取って腹ごしらえをしている連中もいて、気さくなに話しをしてゆく彼らを見ていると、現在も恐ろしい研究組織が存続しているだとかいう、所内の七不思議は遠い昔の産物なのだなとも思えた。

 人の気配が常にあるから、ハイソンの臆病癖も改善を見せ始めた。自分のラボ以外にも所内をよく出歩くようになったし、体重もほんの少しだが落ちた。外で練習をしたおかげもあり、バランスを崩す事無く原動付きバイクで通勤が可能となったのは、彼にとって驚くほど大きな成果である。

 気付くとハイソンは、人と関わる事が嫌いではなくなっていた。所属している同僚とは良い関係を築き、ひとまず配属された脳波研究の仕事にも楽しく没頭できた。人の脳の活動には、想像していた以上に秘密が多い。

 夢遊とはどういう状況なのか、神がかりとは何が起こっているのか、見た事もない過去や未来を知ってしまう現象や、先祖が訪れたという場所へ足を踏み入れた時に感じる望郷とは、一体何なのだろう。

 当時。ハイソンの主任だった男は、とても人の良い初老の男だった。しかし頭の老いは微塵もなく、これまで様々な研究にあたる中で、吸収してきた知識や技術は非常に幅広かった。

 新入りのハイソンに大きな仕事は与えられなかったが、真面目な彼はマメに資料を集め、統計を取り、測定し、徹底して精一杯自分に与えられた仕事に努めた。