スウェンはそう悟って、言葉なく肯き返して見せた。ホテルマンが普段の茶化すような雰囲気を気して、真面目な双眼を彼に向けた。

「エネルギーの消費もない『夢人』ではないから、私は、今は何もできないのです。あなたは、あなたの任務を早くに遂行する為だけに、私に彼女の『過去』を喰らえとは言えないはずでしょう?」

 ……過去を、喰らう?

 スウェンの視線の問いに気付いたのか、ホテルマンが自身の唇に人差し指をあて、まるで心ない人形のような完璧な微笑を作った。

「そう――それが、あなたが知りたがっていた『私』と『あの子』の関係性ですよ。あの子は私の『宿主』であり、私は力の発動条件として、『過去』の記憶や想いを稼働源とする『闇を統べるモノ』なのです」

 大地が震えたのは、スウェンが言葉を発しようとした時だった。前触れもなく、世界が大きく振動したのだ。

 地震は数秒ほどで収まったが、崩壊の音が尾を引いてスウェンの耳に入り続けていた。彼は、何事だろうかと疑問を覚えて振り返った矢先、飛び込んできた光景に目を見開いた。

 街の中心地から一番離れた土地の側面が、闇色に染まっていた。周囲から砕かれた世界が、その残骸を舞い上がらせているのが視認出来た。

 ああ、なるほど。そういう事か。

 スウェンの推理力が、ホテルマンの力によってバグが修正された今、本来の崩壊が再開されたのだろうと悟らせた。バグには、支柱といったマルクが意図的に組み込んだ余分なものもあるから、それれ全てがなくなってしまえば、『エリス・プログラム』は維持が難しいのだろう。

 ホテルマンに声を掛けようとしたスウェンは、ホテルマンが驚いた顔で別の方向を見ていることに気付いて、口をつぐんだ。彼の薄い唇が僅かに動いたが、スウェンには聞きとる事が出来なかった。