「予備の蓄えですが、仕方がありません。壊れた記録のループには消えてもらいましょう。そうすれば、我々の『視界』も少しはクリアになるでしょう」

 スウェンが、ホテルマンの足元から闇が滲んだ事を認識した直後、黒い粉塵の嵐が巻き起こった。

 視界は、瞬時に闇へと覆われた。

 多くの悲鳴が濃厚な沼に沈みこんでゆくように小さくなり、次第に何も聞こえなくなる。装甲が砕かれ、圧縮される嫌な破壊音が、くぐもり上がったかと思うと、世界は途端に静寂へと包まれてしまった。


――ああ、やはり、喰える物は何もなかったか。

 闇が冷酷に呟き、舌舐めずりをして嗤ったような気がした。


 ホテルマンが何を行ったのか、正確な事はスウェンには理解出来なかった。

 スウェンが視覚を取り戻した時、そこには荒れた街が伽藍と佇んでいるばかりだった。人の姿は一つもなく、兵器らしき残骸だけが辺りに散らばっていた。

 説明を求めて立ち尽くすホテルマンの背中を見上げたが、彼は、こちらを振り返ってはくれなかった。

「……何も出来ないと言っていた割りには、結構な事をするじゃないか」

 スウェンは強がる声を上げたが、ふと、自身の手が震えている事に気が付いた。

 圧倒的な力の差は恐怖を産む。我ながら情けないと思いつつ、スウェンは立ち上がると、ズボンについた瓦礫を払い退けた。

 ホテルマンが人間ではないという事は認識しているつもりだったが、今更ながら、敵でなくて良かったと思う。