エルは、列車の中に踏み入った途端、驚いてしまった。一見すると大理石のような固そうな白い床や長椅子は、踏み込むと、膝まで沈んでしまうぐらいに柔らかかった。手触りは上品な動物の毛を思わせて、歩くのも一苦労だった。エルよりも体重のある三人の軍人達は、椅子に辿り着くまでに苦労を強いられた。

 窓側に設置された長椅子も、座ってみると身体が大きく沈んだ。柔らかな素材は弾力があり、無防備に腰を下ろすと、数回は上下してしまう。

 不器用らしいログが倒れ込んだ際、近くにいたホテルマンがその反動でひっくり返った。向かい側に一番に腰かけていたスウェンが、大きく跳ねた拍子に椅子から転げ落ち、廊下の中央でセイジが上手くバランスを取って、転倒を免れた。

 エルは椅子に腰かけたまま、その振動に大きく身体を揺られつつ、車内に苦戦する大きな男達を傍観した。

 彼らは散々な悪態を吐いていたが、エルとしては、まるで太った大きな小動物の腹に乗っているようで少し楽しかった。椅子を手で握ると、動物的な柔らかさを覚えて続けて感動してしまう。ボストンバッグから顔を覗かせたクロエも、手を伸ばして椅子に触れた。

 椅子に辿りつこうと、立ち上がるところから苦戦していたログが、ようやく手すりを掴んだところで、エルを見やった。

「おい、お前だけ楽しそうだな。顔に出てんぞ」
「え。俺、なんか言ったっけ……?」
「だから、その顔やめろ。こっちばっかり苦労している感じで、苛っと来るんだよ」

 すると、その様子を見ていたホテルマンが、ひっそりと眉影を作って「それは大きなお客様の心が狭すぎるだけ……」と言い掛けたが、ログがしれっとした顔で、思い切りその場で尻餅をついた。

 反動で床が大きくしなった拍子に、ホテルマンの身体が宙を舞い、彼は柔らかい天井に頭から突っ込んでしまった。危うく共に転倒しかけたセイジが、椅子にしがみ付いて難を逃れた。