エルは仕方なく思いながら、質問を諦めて彼の隣に腰を下ろした。

「おや、詳細を訊かなくてよろしいのですか? 私、結構問題発言しましたよ?」
「うん。それでもさ、貴方は困らせる為にやっているんじゃないんだって、そうも思えるんだよね。謎だらけだけど、きっと、貴方にも守りたい物があるんじゃないかと思って」

 ただそう感じただけだから、エルは答えを期待せず、独り言のように話した。
案の定、謎の多いホテルマンは、何も答えてくれなかった。彼は背後から吹き上げる風に顔を上げると、エルの肩を指先でトントンと叩き、上を見るよう促して来た。

 風が吹き抜け出した頭上を見上げて、エルは、その大きな瞳を、こぼれんばかりに見開いた。

 崩れた支柱の欠片たちが、柔らかな白い灰となって空へと飛び出し始める。頭上を掠める白い輝きが、何も無い大地を華吹雪のように舞って世界を彩った。

 幻想的で美しい光景に、エルが思わず腰を上げたその脇を、空へと向かって一人の青年の残像が走り抜けていった。

 それは、癖の入った漆黒の髪を持った青年だった。顔はよく見えなかったが、口許には誇らしげな笑みを浮かべ、手にはスケッチブックと鉛筆を持っていた。

 映像の残滓のような彼が走り抜けた後から、白い灰が嵐のように吹き荒れ、眩い光りが、まるで沢山の絵画が宙を舞っているように、何色もの輝きをこぼしていった。

 きっと、彼が駆けてゆく場所には、彼が夢に描いた美しい世界が待っているのだろう。

 よくは分からないけれど、エルは、そんな想いを抱いた。彼は次こそ本当に、エルのオジサンと同じ世界へと旅立っていくのだという気がした。