空っぽになった『ナイトメア』のデータファイルを、使う事がないように祈りながら、金庫の中にしまった。『エリス・プログラム』が、停止された機器の中で完全に崩壊してくれる事を願った。

 研究が廃止となった後も、私は軍の関係者に怪しまれないよう、時間を見付けては、子供を預けた友人の自宅へ車を走らせた。

 その友人は、山の上に一軒だけある、古びた石垣造りの広い一軒家に一人で住んでいた。年の離れた彼の妻は、とうに亡くなってしまっていたが、彼はこの家を離れる事は二度とないのだろうと私には分かっていた。

 預けた子共は、日に日に元気になっていった。

 私にとって初めての人生の先輩であり、友人でもある友人は、二回り以上も歳の離れた私を見るなり、いつも「白けた面してんなぁ、まるで爺さんのようじゃねぇか」と挨拶代わりの文句を言いつつ、手土産の菓子を受け取って縁側に通した。

「あまり、ここへは来ない方がいい。怪しまれる」

 当初、友人はそう助言してくれたが、私にはそれが出来なかった。

 頭蓋骨の損傷、肋骨の粉砕が数ヵ所、内臓も半分が潰れていた。脊椎のダメージ、複雑骨折――元々医学の知識がある人間に対して、その症状を持った子共の容体を気にするな、という方が無理な話だ。

 私が茶菓子の置かれた居間で思い悩み始めると、いつも決まって、彼が飼っている頭の悪い雑種犬が、どこからか座敷に上がり込んで来て、私の顔を舐め回した。やめろと言っても全く言う事を聞いてくれない、困った犬だ。

 犬の扱いにどうも不慣れな私を、友人は大きな口を開けて笑った。

「日本語じゃなきゃ駄目だ。こいつには、英語が分からねぇのよ。闘犬の躾ぐらいは出来ねぇと、駄目じゃないのかい?」
「私は軍人じゃないんだから無理だッ。いいから、この犬を早く退けてくれ!」
「なぁんだ、つまらん奴め」

 友人は鼻で短い息を吐くと、流暢な日本語で、雑種犬に向かって「こっちへ来い、ポタロウ」と言った。