世界との別れが、今になって悲しい。

 守りたい事があり、助けたい人がいる。だからこそエルは、こうして生きる事を決めた偽りのない気持ちには救われた。

 その時、一際大きな地響きが足元から伝わって来た。

 外から伝わって来る地響きと共に、漆黒の空間が、僅かにその闇を震わせたような気がした。

 エルと向かい合っていた少女が、ふっと視線を上げて、柔らかな微笑を口許に浮かべた。

「『彼』が指示してくれたのね。あの人間が、あなたを迎えに来るわ」

 少女はエルへ向き直ると、「ごめんね」と小さく呟いた。彼女は、今にも泣き出しそうな顔で、涙の枯れないエルの頬に触れ、堪え切れず力強く抱き締めた。

「大丈夫よ、まだ私が『彼女』を抑えていられるから……怖い思いをさせて、ごめんなさい。どうか泣かないで。迎えに来てくれている人と、あなたは一緒にココを抜け出してね。私、あなたがちゃんと思い出して迎えに来てくれるまで、『エリスの世界』で待っているから」
「……君も、泣いてるじゃん……全然、説得力ないよ」

 エルは、少女を抱きしめ返した。細く柔らかいその身体には、温度が無かった。

 何もかも思い出せたなら、この恐怖はなくなってくれるのだろうか。エルは抱きしめた感触も現実味のない少女を抱き締めたまま、強く目を閉じて、強い決意と納得をもって、再び彼女の前に立てる未来を祈った。

 腕の中から少女が消え、闇が、その濃度を薄めた。

 薄い硝子が崩れるような、異質な空間が破壊される音が、エルの耳に入る。

 振り返ると、後方の頭上から一点の光りが差していた。力任せで開けられた穴から、ロープを腰に巻き付けたログが、こちらに飛び下りて来ようと足を掛けていた。

「――なんだ。また泣いてんのか」

 ログは怪訝な顔で言い、背後に向かって「降ろせ」と合図を出した。