その時、栗色のテディ・ベアが、白いテディ・ベアを押しのけた。

 狂ったように笑い続ける栗色のテディーベアが、身体ごと首を回し、穿った双眼で至近距離からエルの姿をガチリと捉えた。エルが恐怖に身構える暇もなく、白色のテディ・ベアも競うように眼前に迫った。

 途端に、どちらも壊れた人形の亡霊のように、口を揃えて呪われた言葉を捲くし立て初めて。

『早く来て早く来て早く来て早く早く早く早く早くはやくはやくはやく――』

 不意に、言葉が途切れた。

 黒い涙を流し続けていた栗色のテディ・ベアの口元が、ピタリとその動きを止めた。白いテディ・ベアも、青い瞳を宙に向けたかと思うと、途端にその意思を失って闇の中を力なく漂った。

 全ての悪夢が静止したような光景だった。

 糸が切れたように、二匹のテディ・ベアは闇の中を力なく浮遊した。ふわり、ふわりと漂うリアルな幻覚を、エルは茫然と見つめるしかなかった。
 

『――己が選んだ運命を、果たせ』


 身体を圧迫するような重々しい声が落ちて来た。男とも女ともつかない地鳴りのような声が、テディ・ベア双方の虚ろな眼の向こうから、エルに問い掛け続けた。