栗色のテディ・ベアには、瞳がなかった。その人形は穿った穴でじっとエルを凝視したかと思うと、途端に大粒の黒い涙をこぼし始めた。

『待っているのよ、ずっと……あなた、今、どこにいるの? 私を置いて行かないって、外に連れ出してくれるって、そう言ってくれたじゃない。あなたは、どうして、どこにもいないの?』

 人形は黒い涙を流していたが、前触れもなく、壊れた玩具のように高笑いを始めた。

 栗色のテディ・ベアの裂けた大きな口の向こうに、歪んだ禍々しい闇が蠢いていた。鼓膜の奥まで貫くような狂った笑い声は、こちらの声を理解する事も出来ないだろうと察するような狂気を発しながら、空間中に反響して。

 理性のない甲高い笑い声が、恐ろしい象徴のように聞こえた。

 出来る事なら耳を塞いで目も閉じてしまいたかったが、それが出来ないのは、きっと、エルが誰よりも声の主をよく知っているせいかもしれない。何も思い出せてはいないが、恐らく自分は、『彼女』がここまで狂ってしまった事が、ショックでならないのだとは魂で理解していた。

 脳を激しく揺さぶる笑い声に、幼い頃失ってしまった多くの記憶をぐちゃぐちゃに引き出されるような感覚が込み上げ、吐き気が込み上げた。

 ブルーの瞳を持った白いテディ・ベアが、自由にならない身体を懸命に動かすように身体を震わせ、エルの鼻先に滑り込んだ。狂ったように笑い続ける栗色のテディ・ベアがその人形の向こうに隠れてしまい、エルは、半ば助かったと思いながら見つめ返した。

『お願イ、モウ、時間がナイの……守ラナ、きゃイケナイ、ノニ…………アの場所を離れて、しまったら………………ワタシタチが守、ラナければいけナ、大切なモノ、壊れ、テ――』